青沓の旅とその他の日記

とあるの旅好きのしがない日記

「即位礼正殿の儀」の日-その1(2019.10)

こんにちは、青沓(あおと)です。

 

本日は「即位礼正殿の儀」が行われた日、ということで世界各国の賓客を招待した上での天皇の即位を宣明(宣言)される日となりました。youtube首相官邸チャンネルがLive配信をしておりましたが、随時6万人以上が見ておりその他TV局が開設するチャンネルの視聴者を含めると10万人以上がネットから見守るといういかにも現代チックな儀式となりました。すごい。

 

 

ところでこの即位礼、「伝統的な形式に則って実施されたもの」と一般的には解釈されます。「伝統」とは辞書的には下記の通りです。

でんとう【伝統】


ある集団・社会において、歴史的に形成・蓄積され、世代をこえて受け継がれた精神的・文化的遺産や慣習(出典 三省堂大辞林 第三版)

 

 しかし、一連の儀式を俯瞰してみると、日本で主に「伝統」「慣習」(tradition)とされるものはいくつかのパターンがあります。

①奈良平安時代~江戸時代まで連綿と受け継がれてきた伝統

→日本の本来の民俗的な思想、儒教、仏教が習合してできた宗教的な慣習など。(本地垂迹説などが代表例)

②いわゆる「国学」的な伝統

 →本居宣長をはじめとする「古事記」「万葉集」などの仏教・儒教の影響を受ける前の古代日本にあったとされる伝統

明治維新以降の近代国家としてのアイデンティティ(自己同一性)を保持するために「作られた」伝統

 →②と類似要素がある「国家神道」と、欧米諸国と対等に渡り歩くために作られた軍事制度や外交儀礼をはじめとする国家の諸制度に大別できます。

 

 

つまり、即位礼に際して仏教寺院がお祝いをいていたり(①)、明治帝の即位礼以降唐様の礼式を撤廃する試みがなされていたり(②)、束帯の天皇陛下を前に燕尾服の総理大臣が万歳三唱、直後に礼砲が轟いたり(③)とこの数時間の間にも日本が育んできた様々な伝統の形が現れているのは大変興味深いことだと思います。

 

①に関しては「伝統」として受け継がれてきた物理的な期間が一番長く、明治期に廃仏毀釈が進んでしまった現代日本では建造物にその名残が一番見られるかと思います。

②に関しては「伝統」というよりむしろ文献学的に検証可能な程度ではありつつも一種の「神秘性」を下地とした、天皇家を中心とした「日本人」のアイデンティティの形成に一定の役割をもたらしたのではないかと考えています。

③に関しては明治期以降の外国からの圧力や近代化、産業革命の荒波を乗り越えるために近代国家としてのアイデンティティを保持するために恣意的に作られたものだと考えています。天皇家を頂点とした家族的国家観、そこに組み込むために作られた家父長制なんかは代表たる例ですね。

 

このように日本における「伝統」は様々な時間軸での「伝統」が折り重なっているところが極めて面白く、また漠然と捉えるだけでなくしっかりと分類して考えていかないと勿体ないと感じるところではあります。

 

 

今日はこの辺で。

明日もこの話の続きができたらと思います。